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詩 宮澤賢治「種山ヶ原 下書稿(一)パート3」

2010.02.21 by Lazy Bee

種山ヶ原 下書稿(一)パート3

この高原の残丘〔モナドノックス〕

こここそその種山の尖端だ
炭酸や雨あらゆる試薬に溶け残り
苔から白く装はれた
アルペン農の夏のウィーゼのいちばん終りの露岩である
わたくしはこの巨大な地殻の冷え堅まった動脈に
槌を加へて検べやう
おゝ角閃岩斜長石 暗い石基と班晶と
まさしく閃緑はん岩である
じつにわたくしはこの高地の
頑強に浸食に抵抗したその形跡から
古い地質図の古生界に疑をもってゐた
そして前江刺の方から登ったときは
雲が深くて草穂は高く
牧路は風の通った痕と
あるかないかにもつれてゐて
あの傾斜儀の青い磁針は
幾度もぐらぐら方位を変へた
今日こそはこのよく拭はれた朝ぞらの下
そのはん岩の大きな突起の上に立ち
なだらかな準平原や河谷に澱む暗い霧
北はけはしいあの死火山の浅葱まで
天に接する陸の波
イーハトヴ県を展望する
いま姥石の放牧場が
緑青いろの雲の影から生れ出る
そこにおゝ幾百の褐や白
馬があつまりうごいてゐる
かげらふにきらきらゆれてうこいてゐる
食塩をやらうと集めたところにちがひない
しっぽをふったり胸をぶるっとひきつらせたり
それであんなにひかるのだ
起伏をはしる緑のどてのうつくしさ
ヴァンダイク褐にふちどられ
あちこちくっきりまがるのは
この高原が
十数枚のトランプのあおいカードだからだ
……蜂がぶんぶん飛びめぐる……
海の縞のやうに幾層ながれる山稜と
しづかにしづかにふくらみ沈む天末線
あゝ何もかももうみんな透明だ
雲が風と水と虚空と光と核の塵とでなりたつときに
風も水も地殻もまたわたくしもそれとひとしく組成され
じつにわたくしは水や風やそれらの核の一部分で
それをわたくしが感ずることは水や光や風ぜんたいがわたくしなのだ
……蜂はどいつもみんな小さなオルガンだ……

パート2にも、ちらっとでてきます。画像は種山ヶ原の物見山頂上からの風景。ここに立つと、岩手県、すなわちイーハトーブ全体が見渡せるぐらい視界が開けます。車を降りて、ほんの20分ほどで到着できます。詳しくは「ようこそ!三陸・北いわてへ」のこちらに書きましたので、ご興味がありましたら、お立ち寄りください。

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